20100719-IMGP1001-2.jpg

つぐみに起こされた。おはようございます。
写真は昨日。毎度のごとく、自宅近くの浜辺。海水浴場じゃなくてよかった。

+

お知らせをいくつか。

今日(19日)は、熊本県立大学の建築サークル主催の講演会。17:00〜19:00。場所は、熊本県立大学・2号館・中講義室1。twitterで間違って20日でアナウンスをしてしまいました。今日の間違いです。すいません。学外者も含めて50名くらい集まったそう。よろしくおねがいします。※今から間に合うか微妙ですが、興味のある人はkyoloveletter[アットマーク]yahoo.co.jp (担当:澤)まで問い合わせてみてください。

ちなみに明日は、九大の21世紀プログラム課程の1・2年生相手に講演&ワークショップ。こちらも学生発案。21世紀プログラム課程は特殊な教育課程。彼らは特定の学部に所属せずに、自分で立てた計画に沿って講義を受講する。(大学いはく)「専門性の高いゼネラリスト」を育成するのが目的らしい。

彼らが吉田市長の講義を受けた際に、学生主体のまちづくりがないやん!と渇を入れられたそうだ(少し脚色している)。そこで、9月にシンポジウムを開き、他大学の学生とともに、まちづくりの企画を発表するという。そこで、ぼくのところに相談にきた。詳細はおいおい。面白い動きになりそうです。

25日・14:30〜17:00、九大箱崎キャンパスで「子どもホスピスってなんだろう?」というミニフォーラムが開催されます。詳細はこちら(PDF)。これは4年間の科研費が絡んでいます。ぼくは対談には出ないけど、医学研究院の濱田先生と研究を進めると同時に、情報発信に係るデザイナとして参画。

今回のフォーラムは学生が運営。ホスピスを知っている人も知らない人も、現状を共有し、考えて、語りたいんです!とは学生談。先生をはじめ、学生の想いのこもった会になるかと思います。どなたでも参加できます。よかったらぜひ。

8月9日〜22日、演習「まちの写真屋を考える」の報告展をアルバスで開催します。今、学生が(楽しそうに)苦しんでいます。詳細は後日またお知らせしますが、14日には、カメラ日和の編集長さんたちもいらして、一緒にワークショップやクイズの企画をします。全国で開催されるPHOTOFES2010と連携。 そろそろ本屋に並ぶカメラ日和もご覧くださいませ。

重なるんだけど、19日〜22日は、紺屋サマースクール2010。受講者の受講理由を見させてもらったけど、みなさんモチベーション高し。たのしみです。

+

さて。今から熊本市動植物園へ。
夕方の講演で、建築家を動物に例えた話をしてみようかと。(うそです)
20100718-IMGP0663-4.jpg

先週の木曜日、母親から電話。祖母がぼくの名前を呼んでいるとのこと。
祖母は92歳。骨折を機に身体が弱り、さらに心臓を患い寝たきりが続いていた。何を語ったからは分からないが、ぼくの名前だけが聞こえたと。週末の所要をキャンセルし、実家に帰ることに決めた。

次の日の早朝、母親から複数の着信。いやな予感に遮られながら留守電を確認、祖母が亡くなったとの報告だった。
昨晩、「ばあちゃんに会いにいく」とスケジュール帳に記したことが頭から離れない。こみあげてくるものを飲み込もうと何度も煙草を吸った。居心地がつかめない。いつものように傍らで寝ているアタモとつぐみをなかなか起こせなかった。

通夜と葬式は滞りなく終わった。大往生だった。おそらく誰もが生前のばあちゃんを見て、その頑張りをくみ取っていた。棺の中の安寧な表情に皆、腑に落ちたのだと思う。ばあちゃんの子ども、孫、ひ孫が久しぶりに集まった。この懐かしさに寄り添う感情が、供養の形式のように思えた。

一週間経ち、幾分か気持ちの整理ができたように思う。ぼくの名前を呼んだ理由は分からないが、おそらくいつものように、少し前のぼくに、少しの言葉で、思いやったに違いない。やせたごたるねとか、ご飯は食べよるねとか。あっちの天気はどうねとか。

ばあちゃんがいたからこそ、こうしてぼくは言葉を綴ることができる。感謝し尽くせない気持ちを、そのまま留めておきたいと思う。



---

 きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべてじぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。
 下駄がいけなかったのだろうか。子供のころ、通り雨に濡れたり、水たまりの泥がはねたりすると、足にハの字形の赤い模様がついてしまった。また、石ころにつっかけては鼻緒を切ったり歯がかけたりした小さな塗り下駄のせいで、じぶんの足は、完璧な靴に包まれる資格をうしなってしまったのだろうか。
 あまり私がよくころぶので、おとなたちは、初物のソラマメみたいな、右と左がはっきりしない、浅くてぺたんこのゴム靴を買ってくれたこともあった。これならもう、子ネコに狙われた毛糸の玉みたいに、やたらころころころばなくなるだろう。
 だが、おとなたちの思惑は外れた。水色のゴム靴には、木綿の裏地がついているのだが、それが歩いているうちにすこしずつ剥がれて、足の下でくるくると巻いてしまったから、彼らが後ろから歩いてくる子供のことをふと思い出してふりかえると、私はとうのむかしに脱いでしまった靴を、片方ずつ両手にぶらさげて歩いていた。靴底がごろごろするくらいなら、はだしのほうがよかった。

― 須賀敦子「ユルスナールの靴」冒頭より引用

---

なんと美しい文章だろう。やさしく、そして厳しい。今日一日はもう終わっていい、そう思えた。

本来、日常とは、子どもが埋もれていて、おとなが忘れているものだ。

日常を追想し表現できるのは、子どもより少しばかり長く生きているおとなの特権。でも、その特権に忠実に寄り添えるのは、ごくごく僅かなおとなしかいない。須賀敦子という人は、そのうちのひとりなんだろう。

今日の良きこと、悪しきこと。日常は、かような「まとめ」ではなく、良きとも悪しきとも分別できない生暖かい機微にこそある。灰皿の周囲に落ちこぼれたかすかな灰だったり、傘をすり抜け、ときおり肩をぬらす冷たいしずくだったり。それら日常の積み重ねをまとめあげる営為にぼくらが支配されていることを、その僅かなおとなたちは知っている。

ほら動かなきゃとか、不安でたまらないだろう?とか。千里先の知識を、日常に置換する言葉たちが息苦しい。その息苦しさは同時に、自身の葛藤と相まっていることは明らかだ。日常を丁寧に追想し、その機微に身を委ねられるような。そんなおとなに、果たしてぼくはなれるのだろうか。