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昨日は祖母の一周忌だった。熊本に親戚がせい揃い。祖母のひ孫にあたる子らが、食事をするぼくらの周囲を嬉々として駆け回る。その姿は、ぼくらの幼い時分を思い起こさせた。

祖母が亡くなってしばらくして、遺品の中から短歌を綴ったノートが見つかった。ぼくと兄について綴られたものだろうと、母が教えてくれた。


転校の 孫は学びやに 馴れたるか 校庭の樹木の 数を我に教うる

幼稚園 移れる孫は 不安げに 出で行く姿 気遣い送る

宿題の 時間計ってと 頼む孫の 澄める瞳に 吾のうつりて

吾が癖を 見事にまねる 末孫の しぐさいとしく 顔に頬寄す

楽しげに 手のりいんこを 肩にのせ 孫等は階段 かろやかに登ぼる

霜柱 ふんで行くよと 登校の 孫は紅き顔して 駈け出て行く …



ぼくが5歳で兄が7歳の頃、今の実家に引っ越してきた。「転校」「幼稚園 移れる孫は」とあるので、その時から数年にわたって綴られたもののようだ。祖母が記してくれたような「不安な感触」が、胸のずっと奥の方に、確かに残っている。

幼い頃の日常はすこぶるドラマティックであり、やり場がない程に切実だ。でも大人からみると、それは、とるにたらない刹那であったりする。そんなささいな瞬間に、祖母は丁寧に歩調を合わせてくれていた。

親になってはじめて分かることがある、そう周囲によく聞かされてきた。

それが何なのか、ぼくはまだ、ハッキリしない。でもその真意の矛先は、幼い頃のぼくらと同じ「長い時間」を過ごしてくれた大人たちを向いていることは、間違いない。

30年という月日が経ち、ぼくはいつのまにか、祖母と同じまなざしを獲得した。いつ獲得したのかは分からない。いつのまにか獲得し、そして時折気づくものなのだろう。そうして時間は過ぎていき、その傍でつぐみもまた、長い時間を重ねていく。



写真は、1年前のつぐみ。