trivial records

trivial recordsは2006年12月〜2011年7月に田北/triviaが綴っていたブログです。
すでに更新していませんが、アーカイブとして公開しています。

海の近く

えらく時間が空いてしまいました。5月中旬に福岡に居を移しました。(ただし未だ引っ越しは完了しておらず…)

山の近くから海の近くへ。箱崎キャンパスまで、自転車と地下鉄を使って40分ほど。二度と会わないたくさんの人とすれ違いながら通勤。福岡らしい生活のリズムが流れ始めました。

 

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もちろん、つぐみも(おそろしく)元気です。とにかく食う。食う。食う。そして、走り、おどる。
Mさんから前髪ぱっつんしてもらって以来、なんだか大人びてきた気が。

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で、おしらせのつづき。

まず、杖立ラボについて。
ラボのサイトではお知らせしましたが、今までの事務所を閉鎖して、杖立内のアパートの一室に移転しました。今までのようには開放はしていません。。

一応代表のままですが… 今後はより一層、九工大の景観研究室が主導していくかと思います。そろそろ新たなプロジェクトが動き出す模様。ぼくは今まで程ではないにしても、月に1・2回は顔を出しながら、杖立のまちづくりには関わっていくつもりです。この6年を振り返ると… なんて書き始めると涙でめがねが曇るのでやめときます。

そして、南阿蘇えほんのくにについて。
2月に事務局長を辞して、今後はアドバイザーみたいな立ち位置で関わっていきます。こちらは熊本県立大の皆さんが頑張ってくださることに。

置き土産として企画したのが「南阿蘇えほんのくに図書館」。図書館のない村に図書館を作るプロジェクト。ハコの図書館を作るのではなく、まちの図書館を作る。お店や自分のおうちに絵本を置いて、それを公開する。ある人は縁側に、ある人は子どもたちが使っていた子ども部屋に。それぞれの小さな図書館がつながって、大きな村の図書館になる。

本は借りるのではなく、交換する。絵本の中には「オモイデしおり」。表現の善し悪しだけではなく、蓄積された想い出が、絵本を選ぶ手がかりになる。そしてその想いは交換されていく。そんなプロジェクトです。

ぼくは、図書館で手にした本に添付されていた「図書カード」が好きでした。うす汚れた茶色の紙に記された鉛筆の痕跡。「あ、あの子が借りたんだ」とか「お前の兄ちゃんやん!」とか。初めて手にする本の手触りが、初めてではない気がする時。そして次に連なる自分の名前。ぼくが手にしたものは、本であり、本ではなかった。「オモイデしおり」は、そんなことを考えて、出てきたものです。

このプロジェクトを企画・運営していく中で、様々な問題が出てくるはずです(出てきています)。個人情報はどうなるかとか、大切な本は交換できないとか、変な人が来たらどうしようとか。貸すだけでいいじゃないかとか。

南阿蘇えほんのくには、設立当初から「みんながやさしくなれる」というコピーが掲げられています。残念ながら、まちづくりは、性善説のみでは成立しません。しかし、それでもなお目指すべきは、性善説を受け入れる器量だと考えます。

このプロジェクトが持続していく以上、そこに関わる人たちは、やさしさに向けられた外圧と戦わざるを得ません。道半ばで離れた身分でおこがましいですが、どうにかこうにか「やさしさを伝えていく術」を考え抜いて欲しいと思っています。そう、例えば、エンデがファンタジーの力に託したような。

ついでに?杖立ラボの活動が掲載されている本の紹介。

■(祝!重版)風景のとらえ方・つくり方 -九州実践編-
杖立ラボの設立背景となった「杖立景観整備基本計画」から2008年に至るまで、主に景観整備とそれにまつわるローカル・ガバナンス、学生のプロジェクト等について、12ページにわたり紹介・解説されています(活動年表もあり)。

■(高いので学生はきついかも)全国の地域ブランド戦略とデザイン
〜地域ブランド・自治体のイメージアップに貢献したグラフィック特集〜
グラフィックワークはこちらの本に。ロゴマーク決定から、プリン伝説プロジェクトまで。杖立でのブランディングの考え方も紹介されています。

June 26, 2009

いちごっこ

パスワードを忘れるくらい、ずいぶんお久しぶりで…。

とにかく多忙な日々を送っておりました。2月末から並行して9つのプロジェクト。高さ1.5m、長さ60mの年表を作ったり… などなど、そこらへんはおいおい紹介していくとして、取り急ぎのお知らせ・ご報告です。

4月から九州大学大学院の教員になりました。「統合新領域学府」という新しい大学院が設立され、そこの「ユーザー感性学専攻」で教えます。

所属は「人間環境学研究院 教育学部門」になります。複雑ですね。「学府」というのは教育組織、「研究院」というのは教員組織です。(大学院の)教員は何らかの「研究院」に属し、「学府」で作られたチーム(専攻)で教える…というかたちをとります。なぜぼくが「教育学部門」なのかは、ここではおいといて…。つまり、今後は統合新領域学府以外でも教えることがあるかもしれない、と言えます。

で。「ユーザー感性学専攻」のミッションは、様々な専門分野を「感性」をキーワードに横断させ、学問の縦割りから脱却することです。そして、従来までは曖昧であるが故に研究対象にされなかった、ユーザー(生活者・消費者だけでなく、デザイナー等の作り手・送り手を含む)の感覚的・感情的・直感的・創造的な特性を科学的に解明し、コミュニケーションやデザインの実践へと結びつけることを目的としています。
もっと詳しく知りたい方はこちらとか:http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/52.html

九大のあらゆる分野から先生方が選ばれ、教鞭をとります。生徒(40名)の中には社会人もたくさんいます。「感性」を切り口にしているという面でも類をみないですが、これだけバラエティに富んだ、実践を前提にした講義・演習が担保されているところも少ないかと思います。

特に、現時点で「ファシリテーション」が学べる大学・大学院は全国にほぼありません。日本ファシリテーション協会会長の加留部さん、そして(元)子どもプロジェクトの目黒さんもいらっしゃいます。興味のある方は入学を検討してみてください。ぼくは少なくとも?3年はいるかと。

今回は、ロゴマークをはじめとしたUIアプリケーションもデザインさせて頂きました。ロゴマークは、(あり得ない)タイトなスケジュールの中、デザイン案を30名弱の先生方に一斉送信して共有を図るという(身の毛もよだつ)プロセスを経て完成したものです。今後いろんなところで使われていくと思いますのでよろしくお願いします。ウェブサイトは4月下旬には完成するかと思います(何せばたばた…)。

ということなので、小国・杖立を離れて福岡に引っ越します…。
ラボえほんのくにのこと等、お知らせしなくちゃいけないことは、まだまだありますが、それはまた後日に…。

写真は、イチゴを食ってる時「だけ」おとなしいつぐみ。もうすぐ1歳3ヶ月。

April 13, 2009

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おひさしぶりでこんばんは。4月までみっちりスケジュールでめくるめく日々を送っています。

アタモとつぐみは今日から1週間、東京〜神奈川へ。人混み苦手なアタモ。初フライト?のつぐみ。かーなり心配ですが、まぁ楽しんで!と送り出す。東京クルー?のみなさん、困っている2人を見つけたら助けてあげてください。よろしく。笑
写真は、福岡空港にて。抱っこからおろした途端、突っ走るつぐみ。(思いやられる)

空港に2人を送ったあと、今泉へ。お天気おにいさん(高校の同級生)とA子さんの披露宴へ。2人をつなげたのはぼくだったので、挨拶をさせられる。懐かしい面々もちらほらで、とてもアットホームな楽しい式でした。最後の挨拶で、健康の大切さを語ったA子さん。挙式を迎えるにあたり、様々な思いが交錯したのではないかと察するに余りあり。2人と家族の幸せを心から願うと同時に、自らを省みた大切な一瞬となりました。ありがとう。

その後、天神で某打ち合わせを終えた後、「宮沢賢治の贈りもの」@アルティアムの最終日にすべりこみ。
本展のテーマになっている「他者への愛」。展示の中で宮澤和樹氏が賢治氏の著書から引用していた「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という言葉が、その有り様を表していた。

氏の思想は、おそらく現代を生きる上での非常に大切な切り口で。世界の情報が日常に介入してくるグローバリゼーション。その中で、他者への愛が深い人ほど、世の歪みを知ることになり、自らに過度な責務を課してしまうパラドックス。世の歪みと他者のつらい境遇を知った愛深き人は日々葛藤し、悩み、一方、他者への愛に乏しい人は限られた情報の中で安寧に止まる。

我が娘をどう育てようかと考えたとき、インターネットなんか教えずに、半径3mで情報を遮断させた方がいいのではないかと思う時がある。「世界を知れ!」なんてとても言えない。でもそれは一方で、親のワガママであることもよく分かる。今のぼくらには、姜尚中さん(高校の先輩)が説くように、「悩め!」としかいえないし、先に悩みの種を探しだし、あらかじめひとつひとつ潰していくしかない。

triviaを始めた9年前、とある方に「お前は何を目指してるの?」と聞かれたときに「世界平和です」と答えて、鼻で笑われたことがある。笑われた理由もよく分かるが、笑ってほしくなかったという強い思いが同時にあった。他者の幸せを願い、自らの創造力を他者との関係の中で成立させる道を選んだ以上、「世界平和」を目指さざるを得ないんじゃないかと。でないと、ウソだろと。

ガラス箱の中の賢治氏の筆跡は、ぼくには遠く及ばない。憧れに似た感情を抱き、会場を後にした。